保育士25年務めて 今はうどん店

人生どうなることやら保育士からうどん店へ!

若いころ、落語家桂枝雀さんのところへ弟子入りしようと昭和52年2月4日、北御堂会館にて南光さん(当時べかこさん)が受付におられて枝雀師匠に会わせていただき履歴書とゼミの推薦書を渡して弟子入り志願へ・・・。枝雀師匠は「君みたいなん初めてやなぁ。うち、会社ちゃうでぇ。」と言われた。なんやかんやと聞かれ「ほかにすることないんか、落語でつぶしは効かんさかいに」、私が言わんでもええのに、福祉関係も・・。「先それしてから来い、いつでも待ってる。6年後来い。」と言われ、福祉関係の保育士に(笑)。

楽しい保育士でしたが(笑)

これが人生の分かれ道でした。いざ、保育園に努めると新鮮で楽しかった。子どもの発達が、実に面白く、書物を読んだりして保育漬けになりました。

ただ職員会議で、一転暗闇の世界へ(笑)。職員と園長のずれ、そんなん決まってなかったと職員。園長は子どもにとっていいことだからやろうと・・・。組織の中での人間関係が、まるでドラマを見ているような(泣)。今まで人を信用してきた私が人を疑うことを始めました(笑)。

長い物には巻かれよ、朱に交われば赤くなるということわざがありますが・・。政治の世界を彷彿させるかのようなドラマが目の前に・・・。良いことと悪いこと、多数派と少数派、この関係は何ぞや!

良いことが多数派とは限りません。悪いことは少数とも限りません。良いことが少数派で悪いことが多数派もありうるという人間関係。まともに考えるとノイローゼになりそうな・・・。保育士時代、結局人間関係に悩まされ、組織という器の中でうごめく力関係にうんざりしてしまいました。子どもと接する時間だけが、実に楽しく面白かった。子どもはどう育つのだろうと考えると・・。子どもたちにはいい仕事についてほしいと・・。それを願うばかりです。

保育士からうどん店へ

2001年香川県で全国男性保育者研究・交流集会に参加し、うどん実践を受け。講師は久保の店に所縁のある男性保育士久保さんで小麦粉から生地を切って食すまでを教わり、その作ったうどんが美味しかった。

保育園で二週間に1回ぐらい子どもたちとうどん作りを保育でしました。そうこうしているうちに、まさかのうどん屋へ転機に・・・。

まあ、桂枝雀さんもいないので落語家にはなりたくなかったのでうどん屋へ・・。私は落語が好きでなりたかったのかというと、桂枝雀さんが好きだったからなりたかったのです。

どろだんごとうどん作り

どろだんご

保育園でどろだんごを子どもと一緒に作り、どろだんごが光るとうれしいものです。このどろだんご作りにうどん作り同様、塩水でするとどうなるか(笑)。ただ乾くとどろだんごの表面が塩の白いものが浮き上がりました。

また、どろだんごを陶芸の方に焼いていただくと赤くなりました。それは鉄分が土に含まれているからだそうです。表面はひび割れバリバリでした(笑)。まあ、これは想像していた通りになりました。やはり、空気が含まれていたからでしょう。

私は、どろだんご作りとうどん作りを比較し、どろだんごの技がうどん作りに生かされないかと、常に考えていました。どろだんごを水で捏ねる場合とうどんを塩水でこねる場合も共通点や違いを考えていました。どろだんごは多加水で水を絞るぐらい加え、土をまぶしながら水を抜いていきます。うどんは小麦粉と塩水の加減が大事で、この加水率が難しいのです。そして、どろだんごとは反対に塩水を抜いていくとダメで乾燥が敵です。塩水を含んだうどん作りをします。どろだんごもうどん生地も空気を抜いて作ります。空気の抜き方がまずいと、生地を麺棒でのすとき、ぷくっと空気の山が出来ます(笑)。

打ち粉とは。うどん作りにおいて麺同士がくっつかない、生地と打ち台がくっつかない、あるいは包丁と麺がくっつかないというように役割を果たします。私は、磨くために小麦粉、打ち粉に米粉を使用して、磨きと打ち粉の役割を明確にさせて作ります。

過程の中に発達がみえる

保育では子どもたちの発達は自然と人とのかかわりの過程にあるます。量から質へと移行する段階に発達がみえます。そして。もっと言えば、量においても発達がみえるということです。量をどのように重ね合うのか、そこにも発達がみえるはずです。うどん作りも同様です。小麦粉から塩水を加え、粒状になり、やがて生地になります。生地の外部から足で踏まれ(笑)、グルテンが形成され、踏む量にも発達が隠れているのです。私たちは見えるものには敏感ですが、見えないものには鈍感なのです。

ですから、見えないといっても自然と人とのかかわりにおいて、肌で感じるということ、あるいは、そうかもしれないという感受性が必要なのだと思います。

仕事と位置づけて働いた保育士時代、今は趣味です。保育士時代にしていたうどん打ちは趣味で、今は仕事です。仕事と趣味、私にとっては自然と人とのかかわりあいに過ぎないのです。