ツルツルのうどんと表面について

うどんがツルツルとうどんの表面

うどんがツルツルだと、のど越しがいいということかもしれません。最近、冷凍うどんがツルツルだと評判です。その理由はでんぷん質を含ませて作るからです。例えば、タピオカでんぷん、加工でんぷんなどを含むと美味しいつるつるのうどんができるとか・・・。確かにつるつるのうどんになるようです。でも、小麦の量は少なくなり、小麦粉のわずかな香りが消えてしまいます。そして、加工でんぷんというのは食品添加物です。いくらつるつるになり美味しいからといって加工でんぷんを入れるのはどうかと私は思います。

うどんの表面についてですが、滑らかな表面ほどツルツルといえるでしょう。でも人が食するときに、うどんがツルツルでのど越しがいいと思うのは表面が凹凸ではだめなのでしょうか。このことを述べてみたいと思います。

 

胚乳中心の小麦粉と外皮に近い小麦粉

小麦粉の製粉が機械化されてから、滑らかな美味しいうどんができるようになりました。機械で製粉すると胚乳部のみを小麦粉にします。きめ細かな小麦粉で美味しいうどんができます。

外皮を含んだ全粒粉は、どうしてもざらざらした小麦粉です。全粒粉十割でうどんを作ると千切れやすく、のど越しの良く無いうどんになります。ミネラル分、食物繊維は豊富なのですが、いつも食べているうどんと比べると、食べにくいうどんになります。全粒粉二割から四割ぐらいまでは、のど越しもよく食せますが、舌がざらつくのを感じます。もし、のど越しのいいうどんを作りたいなら胚乳中心の小麦粉を選ぶべきでしょう。ただし小麦粉の香りは外皮に近いほど香るので欠点もあります。また、胚乳中心の小麦粉は甘さもあります。

 

全粒粉二割うどん

 

この写真は全粒粉二割のうどんです。うどん表面をみると、少し凸凹なのが分かります。それでも滑らかさはあります。全粒粉を六割以上加えるとざらざら感を感じます。

もう一つ例を出しますと、黒米うどんです。このうどんも二割が黒米をミルでつぶして小麦粉に混ぜました。

 

黒米うどんも表面は粒粒になりますが、つるつる感があり、のど越しも悪くありません。試したことはありませんが黒米を多く入れると、たぶんグルテンが少なくなるので千切れてしまうと思います。二割ぐらいなら美味しく食せます。

 

打ち粉とうどんの表面

打ち粉は、生地が麺打ち台、麺棒、麺切り包丁にくっつかないように粉を振ります。打ち粉はコーンスターチ、米粉、片栗粉、小麦粉で代用できます。小麦粉は時間が短ければ大丈夫ですが、長い時間置いておくと麺同士がくっつきます。また、片栗粉は茹でると茹で湯がトロッなり、あまり向きません。私は米粉を使用しています。

打ち粉ですが、本来麺同士や道具にくっつかないように振ります。この打ち粉を多く使い麺棒でのして茹でてみるとどうなるかを見てみます。打ち子は片栗粉にしました。生地に片栗粉を多くまぶしてうどんを作ります。そして、出来上がりを茹でて水で〆て見てみると凹凸があります。片栗粉の打ち粉が水洗いしても残るのです。

 

 

しかし、このように凸凹でも食するとつるつる感があり、のど越しはいいように私は思います。表面が凸凹でも綺麗でもつるつる感はあるのかもわかりません。

さすれば何が原因なのかと考えます。全粒粉で試したように粉によって変わります。灰分が高いとのど越しがどうかなと私は感じるのです。もう一つは、うどんの香りや甘さというか、味が食べやすくするのかもわかりません。また、凸凹であっても表面がつるつるなら、のど越しもいいうどんになると感じます。はっきりとしたことは言えませんが、そう思っています。

 

美味しいうどんについて

美味しいうどんの素顔

うどんには薬味、醤油、汁などで食べますが、これから述べる美味しいうどんとは麺そのもので考えたいと思います。美味しいうどんって人によって好みもあるだろうし、これが美味しいうどんだと断定は私にはできませんが、私の考える美味しいうどんを述べてみたいと思います。

 

茹でたてのうどんと茹で置きのうどん

うどんは茹でたてと茹で置きのうどんがあればどちらを食べるかとすれば、大半の人は茹でたてのうどんというのではないでしょうか。かけうどんの場合だと温かい汁によって、さほど感じませんが、冷たい醤油うどんだと、断然ゆでたてのほうが美味しいと思います。最近はうどんは茹でたてという言葉が浸透してきたので多くの人がそう思います。これは当たっているのではないでしょうか。うどんは茹でた後劣化が進みます。茹でたてが旨い、しかし、茹で時間は待たなければ食べられないのです。うまくいけば茹でたてに当たることもありますが(笑)・・・。

時間を置くと、しっかりとしていたうどんがノリ状のような食感になり、柔らかくなって美味しく感じません。茹でたてのうどんを水で〆て、すぐに食べると弾力性があり、つるつるのような感じがします。美味しいうどんは茹で置きより茹でたてのうどんが旨いと思います。

 

細いうどんと太いうどん

細いうどんはのど越しのいいうどんといえるかもわかりません。例えば、そうめん、冷や麦などを食べてみると感じると思います。太い麺はもちもち感を感じます。そうめんや冷や麦とは違い、あまり細いとうどんの味がないように思います。太いうどんは食べにくい、のど越しがよくないと感じます。まあ、私の独断で言っていますが・・・。うどんの味ってありませんか。冷や麦やそうめんとは違ううどんの味があるはずです。甘みを感じたり、わずかな小麦の香りを感じたりしませんか。美味しいうどんってうどんの味がすると思うのですが、どうでしょうか。答えをはぐらかすようですが、私は細いうどんであっても、太いうどんであっても、うどんの味がするのが美味しいうどんだと感じるのです。

 

甘いうどんが美味しいのか

甘いうどんとは・・・。小麦粉って胚乳の中心部は甘いようです。そんなに甘くはありませんが甘みを感じる小麦粉です。なんとなく甘みを感じるうどんを食べると、どうもおいしくありません。これは私だけの感覚かもわかりませんが、お菓子用の灰分の低い小麦粉で作ったことがありますが、ほんの少し甘いと感じたとき私には抵抗がありました。これをいっぱいは食べられないなと(笑)・・。やはり、うどんって微妙に味を感じるのがいいかも・・・。うどんは甘い味だけではないような気がします。

 

機械打ちのうどんと手打ちうどん

香川で足踏みは衛生上どうなのかという問題で機械が導入されたり、繁盛店では機械で数をこなさなければ回せないとか、いろいろな事情があると思います。昔から考えれば道具使用はあっても機械の使用はありませんでした。今や時代はロボット化されようとし、場面に合った言葉までも言える人工頭脳を持ったものがあるという時代です。

私は機械でうどんを打ったことがないので、単なる知識でしかありませんが、機械打ちは見事に一本一本同じうどんが作られます。そこまで手打ちではできません。微妙に幅が異なります。うどん作りの工程でも機械打ちと手打ちと同じような動作で作られるようになり、綺麗な美味しいうどんが出来上がります。

手打ちうどんを打とうと思うと時間と力が必要です。そして、それぞれの作る人の技が含まれ伝統による築かれたものがあります。手打ちうどん作りには人それぞれの技がみえます。それは道具を使用する手や体を備えているということかもしれません。手指の親指と人差し指の動議使用の指、体重移動する斜めの姿勢、足を浮かせて足の指で立ち体の調節や移動の素早さに反応します。目で見て体を動かし、リズムをとってしなやかに動かす人の技は様になっているのです。

美味しいうどんとは、機械打ちのうどんか、手打ちうどんかという問題もはぐらかすようですが、どちらも美味しいと思います。私は機械打ちに負けない美味しいうどんを作ろうとしています。機械打ちも、きっと、美味しいうどんを作ろうと日々考えられているのではないでしょうか。

 

自分と他者の味覚

カレーライスを食べるとき、辛いカレーが好きな人や甘いカレーが好きな人がいるように、人それぞれ味覚は違います。例えば、美味しいうどんのランキングは人が決めます。作り手の自分は美味しいうどんを作っているはずなのにべべちゃんとはどういうことなのか(笑)。

美味しいうどんとは、こういうものだというのを人から意見を聞いて、美味しさを追求しようとする自分があります。考えてひらめくこともありますが、作って試すのが一番確実な方法でしょう。毎日が美味しいうどんを作ろうとすれば、毎日作って考えている自分があるということなのだと思います。

落とし穴として、経験を積み重ねて美味しくなるというのは、当てはまらないこともあります。丁寧にすればするほどいいかというと時間が長くなれば生地に変化が見られ乾燥するかもしれません。綿棒の使い方が上手になればなるほど美味しいうどんができるとも限りません。伸ばす時間が早くなり、きれいに仕上がってものど越しに影響したりします。上手い人は麺棒に生地を巻き付けて伸ばします。最初の人は巻き付けるのが下手で巻かずに伸ばそうとします。さて、どちらのうどんが美味しいかということです。自分自身は仕上がりも時間も早くきれいにできたと思っても食べてみないとわかりません。また、前のうどんと比べないとわからないものです。

他者はあれこれといいます(笑)。このごろはネット社会で口コミが多く、まあ、それによって店の名前も広がるのですが・・・。太いうどんが旨いとか、いや細いうどんがううとか、のど越しがとか、固くておいしくないとか、いろんな意見がネット上で飛び交っています。以前は、口コミを見て返事を書いていたことがありましたが、そこから発展せず、それまでです。コミュニケーションとは名ばかりです。逆に、店側が口コミをみとるとか思われると嫌なので、もう返事は記していません。お客様は神様であり、他者が店の味を決めてくれればいいと考えが変わりました。あまり、人の意見を聞きすぎると方向が分からなくなることもあります。自分は自分と思うことしかありません。参考にしても自分が決めるというスタンスは変えません。

店における美味しいうどんとは、実に難しい。私が美味しいと思ううどんはわかるので、それに近づけるだけです。多くの人がうどんを食されて、美味しいと感じるうどんを提供することがうれしいことであり、明日も作ろうと意欲も出ます。他者に食していただいてうれしさがわかるものです。

カレーうどん

無添加のカレーうどん

市販されているカレー粉のほとんどが食品添加物入りです。カラメル色素、酵母エキス、アミノ酸など表示ラベルを見ると多くの食品添加物が入っています。もし無添加のカレーうどんを作るなら、自分で作るしかないのではと思います。

 

カレーで体にいいのはスパイス

カレー粉はスパイスを何種類か混ぜて使われます。このスパイスは漢方薬にも用いられて食欲増進、疲れなどにいいようです。スパイスはクミン、コリアンダー、クローブス、ウコンなど健康にいいものです。

ところが、ほとんど市販のカレールーには表示ラベルを見るとカラメル色素、アミノ酸などの食品添加物も含まれています。食品添加物を使わないようにするにはルーは市販に頼らずに自分で作ればいいのです。

 

主に使われるスパイス

カレーに使われるスパイスはコリアンダー、クミン、フェンネル、クローブス、シナモン、ウコン、唐辛子などです。ウコンは色付けのために使われ、唐辛子は辛みです。クローブスは独特な味がするので、最初は抵抗がありますが、加えれば美味しくなります。とろみをつけるには片栗粉を用いますがカレーうどんは汁っぽいので冷めていくととろみが消えていく感じになるので小麦粉を使います。私の店ではコリアンダー、クミン、フェンネルなどを加え、少なめに唐辛子、クローブス、シナモンを混ぜて小麦粉には全粒粉を使っています。これらをフライパンで煎ってきつね色になったところで寝かせて出来上がりです。バターなどは使わず。あくまで食品添加物は不要です。

 

カレーうどんの作り方

カレーうどんの作り方ですが店によって違いはあると思います。カレー粉はコリアンダー、クミン、クローブス、フェンネル、唐辛子、ウコン、全粒粉をフライパンに入れてきつね色になるまで混ぜます。

カレー粉作り

煎ったカレー粉を冷まして容器に入れて寝かしたのちに使用します。

 

私はカレーうどんの汁に、いりこ、鰹節、昆布で出汁を作り、醤油を加えて和風にして、コクに黒糖、酒、玉ねぎを煮詰めてペースト状にしたものを入れます。そして作った自家製のカレー粉を出し汁で溶いて混ぜて煮れば出来上がりです。

カレーうどん

 

カレーうどんとカレーライス

一般に、カレーライスはごはんに絡むように作られます。カレーうどんはうどんと絡むように作られています。私の感じですがカレーうどんのルーにご飯を添えてもべちょべちょ過ぎて美味しく感じません。カレーライスの場合はとろみを多くつける方がいいと思っています。カレーうどんとカレーライスは別物だと思っているぐらいです(笑)。

カレーうどんのカレーは出汁の味は消えるけれども醤油味でありながらカレーの独特の旨さとスパイスの味と辛さががあります。これだけでも味が単調なのでコクを付けます。トマト、リンゴを入れていた時期もありますが、和風のカレー味にあった玉ねぎを今では用いています。ですから、私のカレーにはカレーライスには合いません。カレーライスにかけるカレーをうどんにかけるのとは違います。味は人それぞれ、私は、そう感じます。

模倣で作るうどんと伝統食「うどん」

模倣によって学ぶうどん作りと伝統食うどん

昔、日本へうどんを伝えられたのは長崎の五島うどん、それとも香川県の讃岐うどん・・・。どちらにしても他国、中国から伝わったのだと思います。小麦粉を用いて作り方を広めた「技」、火起こしの道具を使って小麦を焼いて食し、細かく砕く石臼、水車、あるいは機械によって製粉技術の伝来、開発という「技術」があります。これらは模倣によって伝えられ開発されてきたことが多いと感じます。

 

手延べうどんと手打ちうどん

五島うどんや稲庭うどんは手で伸ばしながら細くしていく「技」が伝えられてきました。また、讃岐うどんは生地を伸ばして包丁で切って作る「技」が伝えられてきました。手で伸ばす手延べうどんと包丁切りして作る手打ちうどんの違いは「技」にあります。小麦粉を使った、同じうどんですが作る工程が違い、うどんの断面もおのずと違ってきます。手打ちうどんの断面は四角ですが、手延べうどんの断面は丸みを帯びています。

 

模倣の力

産まれて間もない新生児は当然のように呼吸をします。母乳を飲み、泣いたり、排泄をしたり、繰り返しにより、大きな力を獲得していきます。興味深いのは新生児期ごろ、新生児に対して舌を出すと、新生児も舌をだします。私も見たことがあります。でも2ヶ月過ぎたごろになると模倣しなくなります。これは心理学者メルツォフの新生児模倣と言われるものです。

人は朝に起き、昼に活動し、夜に寝ます。毎日の習慣が身についていきます。生後10ヶ月ごろ、指をさして「アーアー」と言って伝えようとします。また、これをしてはいけないのかなと相手をじっと見たりします。社会的参照と言われ、乳児期に獲得しバイバイもしょうとします。

乳幼児期、目で見て、体で感じ、いろいろなものを自ら獲得しょうとします。教えられるというより、生活を通して見て模倣しようとするように思えます。遊びでも同じことを繰り返すように見えますが、繰り返すことで何か感じることがあるような気がします。繰り返しという量的なものから、何かを感じ捉え質的変化に変えていきます。

二歳児ごろ友だちと遊んでいると、同じことをしていますが自分自分で平行遊びをしたりします。やがて、4,5歳児になると加減を知ってきます。大きいものから小さいものへ、弱くから、だんだん強くへというようなことがわかってきたり、相手の気持ちも感じたりするようになります。模倣の力は大きくなり、スキップ、ギャロップ、飛んだり跳ねたりとしなやかな身体になります。

麺棒を転がし伸ばそうとするのは2歳ごろから出来ますが、道具使用の麺棒は転がして伸ばすものという使用方法を学びますが、力の加減や体重の乗せ方などは難しいと思います。1歳半ごろから両足とびが出来て2歳過ぎごろから斜めの姿勢になって跳ぼうとします。斜めの姿勢が獲得すると麺棒の使い方も上手になり、4歳過ぎごろから力の入れ具合も獲得してきます。

道具使用といて包丁は5,6歳過ぎごろから学んできます。包丁を上手に使えるように左手を添えて右手で切るという両手の働きが分化し。体を体重移動しながら指先に神経をとがらせて表現しようとします。私たちは、見て模倣をしたり、繰り返しながら自らの力を獲得していきます。包丁を使う、麺棒を使うという道具の使用を、より上手くなろうと「技」を獲得していきます。

延滞模倣に学ぶうどん打ち

乳児がスプーンをもって食事をしようとする光景を考えてみます。スプーンで食べてみようねと言って言葉かけをしながらスプーンを持たしても落としたりします。家族と一緒に食べても、最初は手づかみで食べることがが多く、スプーンで食べようとしません。腕の発達は肩から肘、肘から指先へと発達し、乳児のころはスプーンを上げ下ろしして机をたたくという感じです、肘が使えるようになり、手指まで発達すればスプーンで食べるのが上手になってきます。運動機能の発達にもよりますが、模倣をしようとするのは約9ヶ月ごろからと言われています。この模倣は、今行われたことを、その場で模倣をしようとする直接的な模倣です。やがて、1歳半ぐらいになるとやったことを覚えていて、以前模倣したことを自らの力で再現しようとします。これが延滞模倣です。

延滞模倣を獲得すると、3歳ごろからうどんを作ろうねというとイメージを浮かべるようになります。絵を描くときでも、2歳ごろまでは描いた後から意味づけをしていたのに、3歳過ぎたころから、先に車を描くと言って描いたりします。この時期から、へびのようなうどんの形より、うどんの形に似せようとします。私たちはイメージを働かせて模倣を繰り返すことによって、時間が経過してもうどん作りのやり方を覚えて作ろうとします。延滞模倣を獲得して、いろいろなことを覚え、より上手に作ろうとします。

 

模倣の繰り返し

見て学ぶと言われるが、なかなか難しい。例えば、野球ならバットにボールを当てるのに見ただけでは難しく、経験しないとわからないことがあります。同じように、うどん作りで平たく伸ばした生地を包丁で切るにしても経験しないとうまく切れないと思います。

メルロポンティが車の運転で、あたかも車が自分の体の一部に思えるような感覚、また目の見えない人が杖であるくには杖が手の延長に思えるような感覚、道具が自分の体に融合するような感覚が大切なのだと感じます。何回も繰り返しながら、うどん作りで包丁で切りながら、あたかも包丁が自分の体の一部に思えるような感覚を獲得することが道具使用にとって大事なことだと考えます。

 

伝えられてきたうどん作り

昔、うどんは家庭で作られていました。作り方を伝えることでうどん打ちが続けられてきたのでしょう。これらは道具を使った技の伝授があったからです。今や機械がうどんを作り、スーパーに冷凍うどんが並ぶ時代です。もう家庭でうどんを食べるには茹でるだけです。便利になりました。「技」の伝授が消え、機械で作る「技術」が主流になりつつあります。

 

うどん打ち 麺棒について

うどん打ちの麺棒

うどん打ちに必要な道具といえば、ボール、小間板、麺棒、包丁を思い浮かべます。この中で包丁と麺棒は必要ですね。包丁がなければうまく切れません。麺棒は生地を伸ばして平らにできません。

 

麺棒について

麺棒は生地を伸ばす時に必要です。伸ばし方は生地を麺棒に巻き付けて伸ばしたり、麺棒を転がして伸ばしたりします。麺棒は丸い棒状でないと転がしにくいし生地を伸ばしにくいのがわかります。麺棒は固い材質を好み、値段が高いものはかなり高くなります。私が使っているのはホームセンターで売っている丸棒です。10年使っていますが、さすがに節目が飛び出してきました。節のあるところは固く、そこだけが削られずに浮き上がり、手で触ると凸凹を感じます。そうなれば交換するしかないと感じます。やすりでこするということも考えられますが、今度は丸棒の直径が減ってきますよね(笑)。高価なものは高価なりに使いやすいのかもわかりません。

 

麺棒は何のために使うのか

麺棒は何のために使うのかと思うと、生地を伸ばすことが一つだと思います。もう一つは生地の表面を綺麗にすることです。麺棒は伸ばしことだけを考えれば、麺棒の表面が凸凹であっても使えます。でも、それだけではないのです。生地の表面を考えると麺棒の凸凹は気になります。私にとって麺棒の大事な仕事は生地の表面をなめらかにすることを重点においています。

 

のし台と生地に合った麺棒を選ぶ

これは当然ですが、のし台より長い麺棒を使って生地を伸ばすということは理にかなっていないでしょう。また生地が少ないのに太い麺棒だと巻きにくいと思います。麺棒はのし台と生地の量に応じた長さと太さが必要です。ホームセンターで売っている丸棒は直径3cmぐらいで長さが90cmぐらいだと思います。これなら、ある程度の生地の量にも伸ばせると感じます。私は不自由しません。使っているのし台は120cmです。

 

麺棒には手入れを

麺棒には手入れが大切です。といっても大ごとなものではありません。ただ油をつけるということでしょう。麺棒の手における馴染み、生地への当たり具合を考えて手入れをしています。10年手入れをしたものとしないものとでは、全く変わってきます。

右は手入れをしていない麺棒で節が出て凸凹です。右は油をつけて手入れをした麺棒です。色も艶が出ています。

油といっても私はたいそうな油を使用していません。本来、よく使われるのは胡桃油です。なかなかスーパーでは手に入らないので、私はえごま油を使用しています。

 

日本三大うどんはどこ?

日本三大うどんとは

日本三大祭り、三大花火、三大和牛とか、なぜ三大なんでしょうかね。とにかく三大うどんって耳にしますが・・。誰が決めるんでしょうか?なんとなく一般に思うところの三つなのでしょうか。歴史的に価値があるところか、美味しいところか、独創的なところか、人気のあるところか、まあ、すべてが当てはまるのがいいと思いますが・・・。

 

三大うどんの候補は

三大うどんの候補は五島うどん、稲庭うどん、氷見うどん、きしめん、ひもかわうどん、伊勢うどん、水沢うどん、讃岐うどんなど、たくさん候補があります。

前者は手延べうどんの五島、稲庭、氷見うどん、形状に特徴があるのはきしめん、ひもかわうどん、手打ちうどんでは、柔らかな伊勢うどん、水沢うどん、讃岐うどんがあります。

歴史的には、遣唐使が伝えたという長崎の五島うどん、弘法大師空海が中国から持ち帰ってきたという説があります。稲庭うどんは「稲庭古今事蹟誌」に佐藤市兵衛が伝えたとされています。さて、どこが発祥の地なのかと言われると、長崎か香川かになるようですが、はっきりとしたことはわからない感じです。

形状ではひもかわうどん、きしめんがありますが平打ちうどんされ、日本農林規格ではうどんの一種とされています。手打ちうどんでは讃岐うどん、水沢うどんがあります。

人気では、香川の讃岐うどんが有名で、他県から安いうどんを高い交通費を使って食べに行くぐらいです。製麺所タイプ、一般うどん店タイプ、セルフタイプなどや、風景を楽しめたり、釜玉、釜揚げ、しょうゆうどんなど独創的なうどんの食し方で食べたりします。香川県はうどん屋さんが多く、「うどん県」というぐらいにうどん人気が上昇しました。

 

結局のところ日本三大うどんは

・・・私には言えません(笑)。それぞれの地域でうどんがあり、そのうどんが一番というのもわかります。誰が言ったのか三大うどん。もちろん、うどんは讃岐うどんと私は言いますけれどね(笑)。人それぞれ、違うものでしょうから、まあ、それより、手延べうどん、手打ちうどん、平打ちうどんの伝統ある技法を伝えていく必要があると思います。機械化される今日、さもすると、人のぬくもりある技法が忘れ去られることがあるようで・・・。

美味しいうどんとは家庭で作られるうどんかもわかりません。うどん店で食べるうどんより、おじいちゃんやお母さんが作ってくれたうどんが一番と思うのかも・・。目の前で作ってくれるうどんは簡単に作れるものではなく、人の温かみを感じさせる伝統食です。

香川県の讃岐うどん

香川の美味しい讃岐うどん

うどん県と言われるほどの香川県。うどんだけじゃない香川もしかりですが(笑)、あまりにもうどんがひとり立ちしました。淡路島から四国へ行くか、瀬戸大橋から行くか、しまなみ海道から四国にわたるかですが、以前に比べれば便利になりました。昔はフェリーで渡ったもんです。待ち時間があったり、乗るのが初めての時は緊張したり(笑)、なんか旅してるという感じです。

今回、淡路島から鳴門のほうへ渡りました。橋を渡ると、そこは四国だった。

鳴門方面へ着くと、国道11号線を道なりに走るだけ、香川県に入ると、そんなにないとしてもうどん店があります。毎年、このコースでうどん巡りに行くので11号線沿いは、ほとんど入りました。

 

セルフの松乃家へ

道の駅津田の松原にうどん屋さんがありますが、10回ぐらい入っているのでパスし、近くに松乃家があるので寄りました。ここは15年前、馬篠へ釣りに行くと寄ったところです。ここも4回は入っていると思います。

入ると丼がおいてあり、量によって丼を選び、後は流れるままに・・。ちくわ店をいただき、出汁やネギを入れてテーブルへ・・。

その日は私が一番で10分もすると、ぞろぞろお客さんが入ってこられて繁盛しています。食べた後、駐車場を見ると私の車だけだったのが、もういっぱいでした。早くいって良かったと・・・。

屋島の四国村でわら家に入ろうと思ったのですが、あそこのとっくり重たく、器に入れる時こぼしてしまった思い出があり、ちょっと足が遠のきました(笑)。高松市内をうろうろしながらガソリンの値段を見て、うーん、厳しいなぁ(笑)。垂水のほうが安かったので(笑)。

ネットでセキセイインコのエサを調べていて、黒瀬ペットフードの取扱店があるのでアミーゴに入りました。手乗りのセキセイインコに餌をやられていた店員さんに餌のことを聞こうとすると、バタバタバタと低空飛行で飛んでいく。その後店員さんが走る。これは悪いことしたなぁ、きっと知らない人間が声をかけたから逃げたんだと・・・。申し訳なく思い、他の店員さんに聞いてわかりました。餌も買ったし、滝宮の道の駅へ!

 

道の駅滝宮

毎年、ここで休憩し、どこのうどん屋さんにしようか考えます。もうパターン化してしまいました。ガソリンは滝宮の手前にイオンモールがあり、そこのガソリンが安かったような・・。ようなって、実は入れる機会がなかったのでクエッションです。でも、何年か前は入れて安かったと思っています。

滝宮へ着くと、さっそく野菜や、うどんに関する売り場を見てみました。

大根と卵が安く買ってしまいました。柚がほしかったのですが、売ってなかったので、あきらめてうろうろしてたら、麦の穂が展示していました。

何回も、この展示を見ているのですが(笑)、もう何回も写真撮っているのですが(笑)、また、撮ってる。チクゴイズミ、さぬきの夢、ASWなど比べて生育状況の比較を記されているようです。どの小麦粉で作ったら美味しいうどんが出来るのか、わかったらいいのですが(笑)。

 

香南楽湯からもり家へ

これもお決まりコースになりましたが、香南楽湯でゆっくりとすることに、その後は、いつももり家へ・・。しかし、るみばあちゃんの池上製麺が近くにあるようです。こんな場所と違うかったで、なんか車を別のところへ止めて、歩いたような・・・もう15から20年前か?移転したとか聞いたことあるけど、ここか。あるなら行こう。温泉ももり家も後にして池上製麺所へ・・・。香南楽湯を通り過ぎて左へ曲がり、ちょっと行くと左斜めの道を行く。ようわかるわぁ(笑)。げーっ、あった。

毎年、この近くへ来ているのに知らなんだ。・・・売り切れ(笑)。

まあ、ええわ。ここか、しらなんだ。昔とイメージが違う。昔のほうが、雰囲気があって・・・。食べてみないとわからんし、また、来年にしょう。楽湯で、のんびりしょう。

 

もり家へ

香南楽湯から池上製麺所の方面へ向かい、曲がらずに、ただまっすぐ走るだけ。見えた、左側にもり家が・・。駐車場は道路の右側に止めて入りました。まあ、天ぷらかな・・。

 

テーブル席ばかりなので一人では入りにくいところです。3つぐらいテーブルが空いていたので、陣取りました(笑)。頼んだのは冷たいぶっかけだと思います(笑)。これです。

前より、気持ち細くなったような???空気は油のにおいがほんのりと漂います(笑)。それだけ天ぷらを揚げているのでしょうね。美味しく頂き、ちょっと仕事の虫が・・・。汁を飲んでみました。辛くもなく薄くもない。いい感じ。

 

最後に「久保」へ

久保は私にとってかけがえのないところなので、お土産を持っていってきました。その記事は、ここをクリックすればわかります。

今回は、釜揚げうどんの長田IN香の香へ行く予定でしたが、久保に行って大満足なので早い目に帰りました。また来年もあるしね(笑)。

香川のうどん店「久保」へ

讃岐うどん店「久保」へ

毎年、1月20日ごろは香川へうどん巡りに行っています。今年も店を臨時休業して食べに行きました。いつも、この時期、雪に悩まされるのですが今年はいい天気でした。香川でも、めっちゃ、雪が積もるんですね。今回は高島の道の駅でお土産を買い出かけました。

うどんの花里も10年

2008年から開業して「うどんの花里」も10年になりました。そこで香川の讃岐うどん店「久保」へ行ってみたいと思いました。実は、私は保育士をしていて、2001年に保育の大会が香川県であり、その大会でうどんの実技を受けました。その講師が香川県の男性保育士久保さんでした。この実技を受けて、いろいろとうどん打ちを教わり、讃岐うどんの「久保」へも、何回か食べに行きました。うどん打ちを保育園で保育として子どもにうどん作りを始め、挙句の果てに保育士を辞めて「うどんの花里」を開いたのです。うどん屋をして10年という区切りで「久保」へ食べに行こうと決めました。

 

久保店へ

いつも目指すのは滝宮の道の駅うどん会館。そこから、どこに行こうか決めるので、その近辺のうどん店が多いです。今回も何件か煎った後、朝、9時過ぎに「久保」へ直行。国道11号線を進み、屋島から塩江方向へ右折、道なりに進むと、家々が少なくなり、田園風景が目立ちます。

左手に目的の久保店が見えました。少し狭い道に入って駐車場に車を止めて、写真を・・。

毎年、雪に見舞われるのですが、今回は晴れているではごんざりませんか。セルフサービスの店、手打うどんと・・・。

右側に回ると入り口で・・・。

 

久保店の店主とお話を

お土産を渡して、私がうどん屋をして10年になることを伝え、保育士をしている息子さんのお父さんと出逢い、お話をすることが出来ました。何回か言っていますが、今回初めて、お話が出来ました。朝忙しいところをお邪魔して申し訳なく思いながら、ぶっかけうどんを注文して食べながら息子さんの話やらうどんの話をさせていただきました。息子さんは、保育士を続けておられて、2001年からでも18年間保育をされていることになります。私は25年間しましたが人間関係が嫌で辞めてしまいました(笑)。以前はだしの取り方など聞いたのですが、今回は小麦粉の話に花が咲きました。また、毎日足で踏んでいると・・・。あっという間の時間でした。

 

讃岐うどんの美味しさ

ずいぶん前に「久保」聞いたときは足踏み禁止令のことで、保健所から足踏みはあかん。機械の導入と言われても足踏みを守ってきたと聞き、やはり、私とて伝統を伝える意味や人間の手で打つ仕事を重んじるタイプなので(笑)、保育が機械ではできんというように、うどんもしかりです。確かに機械も美味しくなりました。機械で作るのがダメだとは思いません。同じ美味しいうどんを作ろうとして試行錯誤をしているのですから機械は機械の良さがあります。ただ私に機械で作れと言われてもできないでしょうね。

店主である息子さんのお父さんとお話をしながら食べるうどんは、前に食べた味とは違いました。よりのど越しよく思い、以前とは違うなぁというのはわかりました。もう何年もされておられても、やはり、なかなか思ううどんは打てないという感じで言われていました。こうして、うどんで繋がり、人とつながるということが讃岐うどんの美味しさを、より美味しくしてくれているようにも感じます。

あと一日、うどんをめぐる予定でしたが、お話を聞いた後、すぐに自分のうどんを食べてみたいと思い。一日早く帰り、うどんを作って私のうどんを食べました(笑)。うどんって作り手で味が変わるものだなぁと感じ、それが何なのかわかりません。これが、なかなか思ううどんが打てないのではと・・。いくら作っても、より私らしいうどんを目指しているような。

滋賀県 焙煎うどん【うどんの花里】

滋賀県高島市 うどんの花里

うどんの花里は滋賀県高島市新旭町深溝にあります。針江という川端(かばた)の町の隣です。場所は民家の中にあり、昔、この辺りは洪水に悩まされ、親子三代にわたって藤本太郎兵衛という方が治水に取り組んだそうです。

 

何故ここに店を

うどんの花里

私は大阪生まれの大阪育ちで約60年間大阪の旭区で過ごしてきました。大阪で保育士として10年働き、その後、滋賀の石山で15年保育士として働きました。2001年に香川で男性保育士の全国大会があり、そこで保育士である久保さんに保育実践としてうどん作りを教わりました。

それから子どもたちと保育で1歳から年長までうどん作りをしました。実際は0歳児クラスも小麦粉粘土としてしましたが、主に1歳からです。子どもたちは自分たちが作ったうどんを美味しそうに食べ、お代わりもたくさんしていました。一つは伝統食として捉え、子どもたちに職を伝える大切さがあります。もう一つは道具を使ってものを作り、箸でつまんだり、麺棒で伸ばしたり、包丁で切ったりしながら手指や体のしなやかさを養います。最後に、子どもたちと協力して作り、仲間関係を育てます。

 

偶然に水

不動産屋からすすめられたのは堅田でした。3階建ての細長いビルで角地でした。上から見ると大阪と景色は変わらず、次に紹介されたのが今のところです。針江は湧き水が出るのですが深溝は無理のようです。水がきれいなのと静かで田舎っぽいのが気に入ってしまいました。バスが通ると聞いていたので、まあ、言えばメインストリートかぁ(笑)。昼の12時から1時まで、約一時間で通ったのは人間でなく猫のみでした。これも「猫も通らんわ」と言っていたら猫が本当に通ったのです(笑。人口は高島市5万人らしいですね。商売には不向き、のんびりするにはええかぁと、ここでうどん屋が始まったのです。

うどんの花里は地下水を利用してうどんを作っています。21m掘って出てきた地下水です。夏でも氷水で冷やさずに、地下水で冷やせます。この地下水も、なかなか出なかって、最後、岩盤を突き破って砂交じりの水が出たので、これで大丈夫と言われ、保健所で調べてもらってOKをもらいました。PHは6,4で酸性です。水が出たのはありがたかったです。

 

雪が積もる

大阪から考えると不便もいいとこです。バスが1時間に一本、JRも、それぐらいで、おまけに風が吹いたら電車が止まるというから生活の不便は極まりないです。とにかく車が必要です。信号が少ないのと、自動車が少ないので混雑、渋滞はないです。また、車が必要なのにガソリンが高い(笑)。田舎のどこがええねんと、ぼやきも出てきます。

大阪では冬、雪が降るということは、ほとんどありません。この高島は雪が降り積もります。それでも雪かき年に3回から5回ぐらいですか、約30分コースです。高島市でも朽木やマキノ方面は新旭より、雪が積もります。いやーぁ、新旭で良かったですわ。雪が降るということは、めっちゃ寒い。ということは光熱費がかかります。ガス代、灯油代、電気代と・・・。田舎のどこがええねん。曇りガラスの向こうを見てストーブに当たり、部屋の暖かさを感じる時間、最高(笑)。

ああ、ここでうどん屋をするんか。よう決めたわ!誰や、知らぬが仏って、ほっとけーっ(笑)。

 

焙煎うどん

日頃暇ですから考えることが出来すぎます。黒米うどんを作ったり、全粒粉うどんを作ったり、いろいろと試すことが出来ます。全粒粉うどんを作っているとき、煎って作ると食べやすかったのを覚えていて、小麦粉を煎って作ったのが焙煎うどんの始まりです。

小麦粉を煎るということはグルテンが壊れてしまうのでうどんとしてはよくありません。小麦粉を塩水で捏ねて引っ張れば、本来はグルテンのおかげで伸びてくれます。

ところが、小麦粉を煎って使用すると引っ張るとグルテンの良さが消えてバサバサの感じで、引っ張ると千切れてしまいます。

これでは話になりません。ということで煎った小麦粉と煎らない小麦粉をブレンドすることにしました。小麦粉を煎ると部屋中香ばしい香りが充満します。煎ることでほのかな香ばしさと、もちもち感が出たように思えます。色は白色ではなく、くすんだ色になってしまいます(笑)。煎ることで、小麦粉の持っている水分が飛び、塩水の加水が多くなります。試行錯誤を重ねながら、煎った小麦粉で作ったうどんの出来上がりです。

焙煎うどん

最初は煎りうどんといっていましたが、お客さんから「煎りうどんは言いにくい、焙煎うどんにしろ。」と言われ、焙煎を辞書で調べ、意味が合うかどうかみてから焙煎うどんに決めました。一度お試しくださいませ!

喋らないセキセイインコ

うどんぐらい喋ったらどないや

セキセイインコを飼いまして、毎日、いらっしゃいませって覚えさそうとしているのですが一言もしゃべらないんですよ。字数が多いからかなと思いまして、うどんにしてもしゃべらないんですよ。

セキセイインコも個性があるようで、しゃべらないインコは喋らないそうですね。これ当たり前ですやん。また、オスが、よくしゃべるそうですね。メスは、あまりしゃべらないとか?

・・・ということはメスのようですね。雛から飼っているので手乗りになって、案外なついています。部屋を出るとついてくるぐらいです。しゃべらなくてもかわいいものです。突かれなければね(笑)。