保育園で手打ちうどんを作るには

保育園で発達を考えた手打ちうどんづくり

乳児から年長児まで、手打ちうどんを作るにはどうしたらいいのでしょうか。乳児は小麦粉と遊ぶことから始まり、細長くて美味しいうどんを年長児で道具を起用に使って手打ちうどんを作りましょう。そのためには発達に即したうどん作りが必要だと思います。乳幼児たちは人とモノの環境の中で生活し、成長発達していきます。目で見つめ、手で触り、足で歩く。やがて、人として道具の使用を獲得しようとします。遊びでおもちゃのスコップを持ったり、コップを使って砂遊びをしたりします。食事でスプーンを持ったり、コップを持ったりします。小指側から持ち、やがて親指や人差し指側から持つようになり、同じコップでも遊びで使うおもちゃと食事に使うものと用途を知るようになります。体が自由に動き、しなやかに身体を動かすようになれば、うどん作りに使用する麺棒や包丁も使えるようになってきます。

私たちは産まれて、すぐに歩くことはできません。首が座り、寝返り、ハイハイ、やがて、つかまり立ちから歩けるようになります。歩行を開始すると、道具使用を覚え、両足とび、体を斜めの姿勢にして跳ぶことも獲得してきます。スキップやギャロップ、側転としなやかに身体で表現しようとします。手打ちうどん作りは保育園で生活する中で獲得する技です。

 

新生児の目から幼児の目

産まれてきた子は呼吸をし、やがて目が見えるようになります。目がカメラなら、体は三脚か、例えがよくありませんが、産まれてきた子はボヤっと近くのものを見つめますが、上下左右を見ることはできません。首が座ることになれば180度見えてきます。4ヶ月ごろ、ベッドなどに吊るされたおもちゃへ手を自発的に伸ばそうとします。自分の手を見て手と手を触れ合わせたり、じっと見つめたりします。

寝返りからハイハイをするようになると、場所の移動が可能になり、見る目が違ってきます。また、視野が広がり、やがて歩き出すと目線も高くなり、自分の周りのものが見えるようになります。

10ヶ月ごろ目で見て、指をさして伝えようとします。指差しを獲得するということの大切さは人とモノと人の三項関係の成立にあります。バイバイをしたり、してはいけないことがなんとなくわかるのか、人の顔を見ながらしようとします。社会的参照の芽生えといえます。

1歳半ぐらいになると鏡に映る自分を見て、映っているのは自分だとわかります。自分と他者の理解がわかり、他者を見ながら学ぼうと模倣をして繰り返しながら獲得していきます。目で見ることから、他者の存在を知っていくのです。やがて、4歳ぐらいになると相手の気持ちを知ろうともします。かくれんぼでも相手から見てわからないだろうというところに隠れます。産まれてから目で見つめ、自分の体を動かし、また他者を見て、いろいろなことを学ぶようです。

うどん作りも、目で他者の動きを見つめ模倣をすることで道具使用を獲得し、しなやかな身体で表現して、塩水の加減や麺棒の使い方、包丁の使い方を覚えるのでしょう。

 

続く・・・

 

 

高島市新旭のノウルシ

滋賀県高島市新旭の湖岸に咲くノウルシ

高島市の安曇川から今津方面へ湖岸を進み、新旭付近に黄緑色したノウルシの群生が見られます。

ノウルシとは

黄緑色したノウルシの茎を折ると白い液が出るそうです。漆に似ているところからノウルシと言われています。白い液を触るとかぶれるとか言われていますが、私は茎や葉を折ったことがないので知りません(笑)。有毒植物だそうです。

ノウルシの群生

写真は2019年4月23日撮影しました。

ノウルシ

ノウルシの花

ノウルシ

湖岸に咲くノウルシ

ノウルシの群生

新旭のノウルシ

セキセイインコの日向ぼっこ

セキセイインコの日光浴

セキセイインコも日光浴をしないと・・・。

いくらボレー粉や塩土をあたえても日に当たらないと・・・。

日の当たるところを探すけど・・・ない。

周り囲まれていて日が当たりまへん。

家を移動させるか。それは無理。ほたら、太陽の位置を変えるか。それでは事が大胆な。

しゃない。店先に吊るしておくか。蛇が、猫が、泥棒が・・・。泥棒って?

へびはかなわん。止めや。

どうする。鳥かご持って町内散歩するかぁ。火の用心カチカチといいながら・・・。

うーん、町内で恥かきとうない。

車や。これにしょう。

車に積んで広場に止めて日光浴。

車の窓を開けとかんとなぁ。日陰も作っとかんと。これで30分、放置(笑)。

へんなおじちゃんです。はい。

手打ちうどんの難しさ 冬から春の加水率

手打ちうどんの加水率は いつも同じではない

手打ちうどんを作られている方は、当然わかることだと思います。土三寒六常五杯と言われるように、季節によって加水率は変化します。常に50%ではありません。だから難しく悩んでしまう。そこが面白い(笑)・・。

寒い冬が過ぎて春になるころ

雪が降り、こたつに入って暖を取っていた冬から、いつの間にか桜が咲き、ツバメも巣作りに忙しいようです。気温も上がってきました。かといって、そんなに暖かくなく、夏に比べれば過ごしやすい季節です。花が咲き、鳥が囀り、これから夏へと向かいます。なんとなく季節の変わりようが体で感じる今日この頃でごんざります。

この季節が変わる頃、私たちの体も寒くて動かずにこたつに潜り込んでいた時から、そろそろ出かけようかと花見シーズンを迎えます。うどん作りにも変化があると感じるのです。

 

寒い冬から春への変化がうどんの生地に!

私は寒いときの手打ちうどん作りはやりやすいのですが、これから暑くなるとやりにくさを感じるのです。うどん同士がくっついたり、うどん自体の重さで伸びたり、うどん作りの作業が大変になってきます。うどん作りも100gや200gぐらいなら感じないかもわかりませんが、重たいうどんの生地で打つとうどん一本でも真ん中を持つとダラーンとなり伸びることがあります。そこで塩水の塩分濃度を変えたり、加水率を変えたり調節をします。ここに落とし穴が潜んでいます(笑)。

 

手打ちうどんを作っていると日々違う

私たちは、いつもしていることだからと・・・。あまり気にせずに過ごすことがあります。昨日がよかったから今日も大丈夫という気持ちがあります。

寒い冬から春へと向かい、加水率を2%減らしました。これでうどん打ちの作業はやりやすくなり、食しても同じだと感じました。でも、茹でた後の麺を触ると・・・固く感じました。試食すると確かに硬いのです。いつも作っている手打ちうどんとは味が違います。あの時同じだと思っていたのに、今、食べると固く感じる。これはダメだと加水率を確かめました。約1%増やしてうどん作りをして調節しました。0.5%から1%でうどんの味が変わります。量が多いうどん生地を作れば1%は100gだと塩水1gですが1000gだと10gの塩水になります。小麦粉の量が多いと、たった1%でも開きがあります。

いつものうどんの味を覚えているから、考えてしまいます。うどんの作業のやりやすさとうどんの味は比例しないかもわかりませんが、加水率が少ないと捏ねにくいし足で踏みにくい。柔らかいと包丁で切りにくいし、ほぐしにくいのです。試食をしてみるということの大切さや、いつもと同じと思いがちな自分自身に気付かされます。最悪硬いと感じたときは、茹で時間を長くとり対処します。

 

いつものうどんと違うと気づいたのは

うどんを茹でて水で〆て手で触ると、ある程度、いつものうどんかどうかわかります。1,2本試しに食せば、当然もっとわかります。・・・ところがです。それだけでは、本当にはわからないということに気が付きます。やはり、一人前食さなければ感じないところもあります。ひとつは飽きてくる味というか、食べるほどいつもの味ではないことに気が付きます。それは弾力、粘り、もちもちさ、食感です。小麦の味がしなくなるのは塩の入れすぎで塩の味が勝っているからだと思います。でも弾力は塩の働きだと思います。

いつものうどんと違ったのは加水率だと感じました。気候が良くなって温度も高くなり、加水を少なめにしてしまったからです。それに気づくと足で踏んだ時、少し硬かったとか、団子にするとき、いつもより力がいったなぁと・・・後で気づくのです(笑)。これではダメなのですが・・・。

 

美味しいと思えるうどんの加水率

美味しいと思えるうどんは、絶対のど越し、いや、もちもち感と、きっと人によって違うのでしょう。でも美味しいうどんって食したら感じますよね(笑)。人が、ということは言えないので、自分が美味しいと思えるうどんを作る加水率とは・・・。私にとっては難しいですね。ただ、目で見ての判断でオカラ状かどうか、ビー玉状になっているかどうかぐらいはわかると思います。そして、粉状か、粒状かで判断することが目安だと私の場合は思います。次に手触りで決めます。指を拡げて救い上げ、手に当たる感覚で感じたことを記憶しています。昨日より今日はどうかと比べます。そうなんです。前回作った状態を参考にして、今日の状態を考えています。これが大事なのではと思います。昨日、今日、明日はどうしようかということが経験の積み重ねで獲得していくしかありません。もし美味しいうどんを作る加水率はと聞かれれば、何回も作り、昨日より今日、明日というように加水率を決めていくしかないし、加水率は固定されたものではなく、状況によって加水率は変化します。

冬から春へと向かうときは、加水率を少なくすること、逆に、夏から冬は多くすることです。ある程度の数値化は出来ますが、実際に作るときは参考にすぎません。でも、この数値化があるから基準がわかり、そこから足したり、減らしたりします。当然減らすことは入れてしまえばできませんから、加水する前に減らしておきます。水回しの場合、足していくことで決めていくことになります。

セキセイインコを飼ってみて

セキセイインコを飼ってみて

セキセイインコを飼ったのが1年と4ヶ月前で寒くなる12月に雛を1羽迎えました。飼った理由は単純で手乗りの小鳥と遊べたらいいなぁと思ったからです。文鳥かセキセイインコかを考えました。コザクラ、オカメインコも考えましたが、セキセイインコにしました。なにを買うにしても小鳥は大きくなって、成長していくことで悩みを大きくしていくこととなりました(笑)。

 

雛の時期は大きくなるにつれ楽しみが

雛にさし餌をあげて、食べてくれるのが楽しく、あっという間に飛ぶことを覚えました。飛んで私の肩の上に乗ったり、手の平やひざに乗ったりしてくれるとホッとします。なついてくると逆に、これでいいのかなと思ってきます。朝夕は放鳥出来ますが、昼は仕事でかまってやれません。小鳥は籠の中に入って一羽で時間を過ごすのかと・・・。セキセイインコが大きくなると雛の時期の時間とは違った感覚を覚えました。

 

大きくなると悩みが

セキセイインコが3ヶ月ぐらいになると、自由に飛び回り、完全に鳥です(笑)・・。私は人間です。いろいろと人間は考えるものです。小鳥になったかのように小鳥の気持ちを考えだすのです。本来の仲間がいいのだろうなぁ・・・。小鳥がいいのだろうなぁ・・。相棒がほしいのだろうなぁと思ってしまいます。セキセイインコが8か月になったころ、一羽では寂しいだろうと二羽目の雛を迎えました。

これで仲良くしてくれて、私の仕事の時は2羽で遊んでくれるだろうと・・。ところが、毎日先住のセキセイインコが雛に当たりっぱなし。一緒に遊ぶどころか、喧嘩をして雛を追っ払おうとします。私が雛をかわいがると怒るようです。一羽ずつ、鳥かごは別にしないと殺し合いになりかねない。雛を買ったのが間違いか、8ヶ月差の先住と雛の体格がそうさせるのか・・。雛も、今では8か月になり体重も35gになりました。この雛だったセキセイインコが先住の大きいセキセイインコに喧嘩を売るようになりました(笑)。でも負けていますが、ほぼ対等です。時々一緒に遊んだりもしますが、殺し合いになるにはいきませんが喧嘩もします。一緒の鳥籠に偶然入ったのですが、その時、羽が手のようになって取っ組み合いのけんかが繰り広げられ、びっくりして引き離しました。まあ、悩みは尽きません。でも、いつかは仲良くなるのではと楽観視しています(笑)。

セキセイインコ

 

性別がわかり始めた?

先住の鳥は1歳4ヶ月ぐらいになりました。ロウ膜は茶色です。遊んでいると私の前で体を後ろにして尾をあげます。これが「しゃちほこ」かと感じました。メスだなぁ・・・。卵詰まりが頭に浮かび、カルシュウムを取らそうと塩土やカットルボーンを買いました。先に病気のほうを思い浮かべ、ならないように考えてしまいます。もう一羽は8ヶ月ぐらいで、これはオスかな?と思ってしまいます。このごろ吐き戻しをするのです。ロウ膜は、はっきりとした青色ではありませんがそのうち青くなるのかなと思います。

1歳4ヶ月のメスと8ヶ月のオスだと思います。まだ自信はありませんが・・・。まったく喧嘩は治まらず、ペアには程遠いのかな・・。もし、これがペアになると・・・。雛が生まれたら大変ですだ。鳥かごは増えるし、世話も大変。産まれたら里親探しに奔走しなければ(笑)、悩みは尽きません。

セキセイインコ

 

餌にも敏感に

私は添加物が気になり、なるべく添加物の少ないものを選択して食事をします。小鳥も餌に注意をしだしてきました。エサも色々あってどれがいいか悩みます。今までに3回ぐらい変えています。この頃は黒瀬ペットフードのマニアシリーズをあげています。セキセイインコも好きなようで、放鳥して餌をあげると鳥かごへ自分から入ることが多くなりました。野菜は豆苗が好きで、今は春なのでハコベがなっているので、それを積んであげています。

 

生活にメリハリを

私にとって生活習慣がつくのはありがたいです。朝、鳥かごの掃除をして放鳥し、夕方にも掃除をして放鳥します。生き物がいるお蔭で自分自身も生活に張りが出来ます。ボーとして暮らすより、生き物を飼って暮らすことに楽しさを感じます。夜は暗くすることで私も早く寝ます(笑)。セキセイインコを飼ってよかったと思うことの一つです。

海津大崎から奥びわ湖パークウェイの桜 2019年4月9日

海津大崎から奥びわ湖パークウェイの桜を見に行きました

滋賀県高島市の海津大崎。朝の6時半ごろ到着。時間が早かったので花見客は、ほとんどいませんでした。

海津大崎

天気は晴れ時々曇り、風が吹いていました。

桜

ほぼ満開でした。

竹生島と桜

竹生島が見え、桜とツーショット。

びわ湖と桜

風があるので湖面も波が・・・。

びわ湖パークウェイに着き、早すぎてゲートが締まっていました。朝8時から20時までが開いているようです。ぶらっと菅浦へ・・。

四足門。

 

 

四足門

菅浦の家々。上に桜並木が横一列に・・。そこが奥びわ湖パークウェイの道路になります。

菅浦

朝の8時を過ぎたので奥びわ湖パークウェイへ行きました。パークウェイを、少し登って菅浦を・・・。

奥びわ湖パークウェイから菅浦を

奥びわ湖パークウェイからの眺め

奥びわ湖パークウェイから琵琶湖を眺め、景色は抜群!

奥びわ湖パークウェイ

模倣で作るうどんと伝統食「うどん」

模倣によって学ぶうどん作りと伝統食うどん

昔、日本へうどんを伝えられたのは長崎の五島うどん、それとも香川県の讃岐うどん・・・。どちらにしても他国、中国から伝わったのだと思います。小麦粉を用いて作り方を広めた「技」、火起こしの道具を使って小麦を焼いて食し、細かく砕く石臼、水車、あるいは機械によって製粉技術の伝来、開発という「技術」があります。これらは模倣によって伝えられ開発されてきたことが多いと感じます。

 

手延べうどんと手打ちうどん

五島うどんや稲庭うどんは手で伸ばしながら細くしていく「技」が伝えられてきました。また、讃岐うどんは生地を伸ばして包丁で切って作る「技」が伝えられてきました。手で伸ばす手延べうどんと包丁切りして作る手打ちうどんの違いは「技」にあります。小麦粉を使った、同じうどんですが作る工程が違い、うどんの断面もおのずと違ってきます。手打ちうどんの断面は四角ですが、手延べうどんの断面は丸みを帯びています。

 

模倣の力

産まれて間もない新生児は当然のように呼吸をします。母乳を飲み、泣いたり、排泄をしたり、繰り返しにより、大きな力を獲得していきます。興味深いのは新生児期ごろ、新生児に対して舌を出すと、新生児も舌をだします。私も見たことがあります。でも2ヶ月過ぎたごろになると模倣しなくなります。これは心理学者メルツォフの新生児模倣と言われるものです。

人は朝に起き、昼に活動し、夜に寝ます。毎日の習慣が身についていきます。生後10ヶ月ごろ、指をさして「アーアー」と言って伝えようとします。また、これをしてはいけないのかなと相手をじっと見たりします。社会的参照と言われ、乳児期に獲得しバイバイもしょうとします。

乳幼児期、目で見て、体で感じ、いろいろなものを自ら獲得しょうとします。教えられるというより、生活を通して見て模倣しようとするように思えます。遊びでも同じことを繰り返すように見えますが、繰り返すことで何か感じることがあるような気がします。繰り返しという量的なものから、何かを感じ捉え質的変化に変えていきます。

二歳児ごろ友だちと遊んでいると、同じことをしていますが自分自分で平行遊びをしたりします。やがて、4,5歳児になると加減を知ってきます。大きいものから小さいものへ、弱くから、だんだん強くへというようなことがわかってきたり、相手の気持ちも感じたりするようになります。模倣の力は大きくなり、スキップ、ギャロップ、飛んだり跳ねたりとしなやかな身体になります。

麺棒を転がし伸ばそうとするのは2歳ごろから出来ますが、道具使用の麺棒は転がして伸ばすものという使用方法を学びますが、力の加減や体重の乗せ方などは難しいと思います。1歳半ごろから両足とびが出来て2歳過ぎごろから斜めの姿勢になって跳ぼうとします。斜めの姿勢が獲得すると麺棒の使い方も上手になり、4歳過ぎごろから力の入れ具合も獲得してきます。

道具使用といて包丁は5,6歳過ぎごろから学んできます。包丁を上手に使えるように左手を添えて右手で切るという両手の働きが分化し。体を体重移動しながら指先に神経をとがらせて表現しようとします。私たちは、見て模倣をしたり、繰り返しながら自らの力を獲得していきます。包丁を使う、麺棒を使うという道具の使用を、より上手くなろうと「技」を獲得していきます。

延滞模倣に学ぶうどん打ち

乳児がスプーンをもって食事をしようとする光景を考えてみます。スプーンで食べてみようねと言って言葉かけをしながらスプーンを持たしても落としたりします。家族と一緒に食べても、最初は手づかみで食べることがが多く、スプーンで食べようとしません。腕の発達は肩から肘、肘から指先へと発達し、乳児のころはスプーンを上げ下ろしして机をたたくという感じです、肘が使えるようになり、手指まで発達すればスプーンで食べるのが上手になってきます。運動機能の発達にもよりますが、模倣をしようとするのは約9ヶ月ごろからと言われています。この模倣は、今行われたことを、その場で模倣をしようとする直接的な模倣です。やがて、1歳半ぐらいになるとやったことを覚えていて、以前模倣したことを自らの力で再現しようとします。これが延滞模倣です。

延滞模倣を獲得すると、3歳ごろからうどんを作ろうねというとイメージを浮かべるようになります。絵を描くときでも、2歳ごろまでは描いた後から意味づけをしていたのに、3歳過ぎたころから、先に車を描くと言って描いたりします。この時期から、へびのようなうどんの形より、うどんの形に似せようとします。私たちはイメージを働かせて模倣を繰り返すことによって、時間が経過してもうどん作りのやり方を覚えて作ろうとします。延滞模倣を獲得して、いろいろなことを覚え、より上手に作ろうとします。

 

模倣の繰り返し

見て学ぶと言われるが、なかなか難しい。例えば、野球ならバットにボールを当てるのに見ただけでは難しく、経験しないとわからないことがあります。同じように、うどん作りで平たく伸ばした生地を包丁で切るにしても経験しないとうまく切れないと思います。

メルロポンティが車の運転で、あたかも車が自分の体の一部に思えるような感覚、また目の見えない人が杖であるくには杖が手の延長に思えるような感覚、道具が自分の体に融合するような感覚が大切なのだと感じます。何回も繰り返しながら、うどん作りで包丁で切りながら、あたかも包丁が自分の体の一部に思えるような感覚を獲得することが道具使用にとって大事なことだと考えます。

 

伝えられてきたうどん作り

昔、うどんは家庭で作られていました。作り方を伝えることでうどん打ちが続けられてきたのでしょう。これらは道具を使った技の伝授があったからです。今や機械がうどんを作り、スーパーに冷凍うどんが並ぶ時代です。もう家庭でうどんを食べるには茹でるだけです。便利になりました。「技」の伝授が消え、機械で作る「技術」が主流になりつつあります。

 

うどん打ちの数値化あるいは融合感

うどんを打つ時に数値化

うどんは小麦粉と塩水でできています。さて、うどんを打つ場合に量が頭に浮かびます。例えば100gの小麦粉で打とうと思うと、塩と水の割合はどれくらい、塩水はどれくらいとイメージします。春夏秋冬、1年間打っていると夏は塩を多く、冬は少なくとかわかってきます。毎日打っていると、昨日はこれぐらいだったから今日はこれぐらいとイメージできます。もちろん、それが正しいとは限りませんが、ある程度の数値化がなされます。一般には小麦粉に対して塩水は50%と言われますが、これはあくまで平均値であり、だいたいの値です。ただ数値化は頼りになり、そこからイメージもわきます。数値化をすることは大事だと思います。

しかし、数値化が出来ないときが大半です。数値化していても、それは過去のことであり、今、目の前にしているものは、温度、湿度、小麦粉などの違いがあります。小麦粉も一袋ずつ異なるかもわかりません。小麦粉の新しい、古い、取れたところも違うかもわかりません。また、自分自身も疲れているときや眠たいときなどで変化します。手が温いときや冷たいときもあります。

これから考えるのは数値化できない状態をどうとらえるのかということです。私は数値化に頼るだけでなく、融合感だと思っています。

 

融合感と間隔感について

私たちの周りには数値化できないものが多くあります。野球で言えば、ピッチャーの玉が150キロなら、そのスピードが数字として出ます。しかし、バッターからすれば数字以上のスピードを感じたり、遅く感じたりします。バッターはヒットを打とうとするけれど空振りする場合、へだたりというか間隔を感じます。上手くミートすれば、その感覚を覚え融合を感じます。経験することで間隔感から融合感へと変化します。これを数値化しろと言われても難しいでしょう。

うどん打ちの水回しで約50%の塩水でしても、どうも柔らかく感じたり、固く感じたり、十分な加水ではないということもあります。なんか隔たりがあり間隔があるのです。

小麦粉を足すということはできないので塩水を、少し少なくして、徐々に融合するように考えます。このとき、気温、湿度などイメージし、小麦粉の色を見たり、手触りを感じて水回しをします。その時の場の環境、クーラーをつけた部屋か、湿度の多い部屋か、小麦粉に含まれる水分は約14%ぐらいとされていますがどうなのか、いろいろな場を考え自分と小麦粉と塩水と対話をします。塩水が少ない状態は間隔感があり、少しずつ塩水を加えて融合するように間隔感を研ぎ澄ますしかありません。

 

融合感を感じるということ

例えば生地を足で踏んで鍛える場合、何回踏めばいいかという質問は難しく答えにくいものです。体重も違いがあるし、また、いつも足踏みを数えてしていることはありません。言葉で表現するには難しく、足の裏で感じるものがあるので、それが融合感としての答えです。1回目は粒状から面として、一つに生地にしていくことと、2回目からは生地からの反発力を感じるしかありません。何回かしているうちに、なかなか伸びなくなり、踵を使って踏んでも伸びにくくなった時が融合感だと思っています。これは個々人違う感覚であって、こうでないとダメだということは言えません。うどんを作って食べてみてわかることだと思います。そして、次はどのようにすれば美味しいうどんを作れるかを考えるきっかけになるものです。数値では表せない融合感を感じることです。

 

経験の大切さ

うどん打ちを何回も経験することで、自分が作るうどん打ちの融合感を感じれます。何回も積み重ねることで体が覚えるものだということかもわかりません。春夏秋冬と一年通して感じることがあり、一日や二日でわかるものではありません。

 

体とモノの融合感

麺棒で生地を伸ばす場合や包丁で生地を切る場合は体がどうあるべきかという融合感を考えます。必ず体重移動を知ることです。これは自然知です。自然な動きを知ることでしなやかな動きになります。人間は乳児の場合、4ヶ月ごろに手を伸ばし吊っているおもちゃに触ろうとします。5,6ヶ月に寝返り、そしてハイハイへと移行します。立って歩くのは1歳過ぎてからになります。そして、跳ぼうとする場合、体を斜めに傾けて跳ぶのが2歳過ぎで、4,5歳ごろから左手と右手が分化して右手に包丁を持ち、左手を生地に添えて切るという動作が確立します。このときから労働としての芽生えが大きくなり、身体全体と指先にまで神経をとがらせて、しなやかな動きになります。

しかし、これが労働としての芽生えであり、より人間らしい動きで労働に磨きがかかります。・・・と私は思っています。麺棒で生地を伸ばす場合、体を、どのように体重移動すればいいのか経験でわかってきます。これが自然を知るということだと考えています。体の動きと生地との間隔感から融合感へと移行していきます。

 

まとめに

数値化できる場合はいいのですが、なかなか数値化できないのが大半です。私たちは自然を知り、体と環境との隔たりを感じ、間隔感から融合感へと移行しようとします。多くのことを経験しながら知っていくことしかありません。人間は労働を生みだし、労働することによって、より人間らしくなるものだと思います。

うどん打ち 麺棒について

うどん打ちの麺棒

うどん打ちに必要な道具といえば、ボール、小間板、麺棒、包丁を思い浮かべます。この中で包丁と麺棒は必要ですね。包丁がなければうまく切れません。麺棒は生地を伸ばして平らにできません。

 

麺棒について

麺棒は生地を伸ばす時に必要です。伸ばし方は生地を麺棒に巻き付けて伸ばしたり、麺棒を転がして伸ばしたりします。麺棒は丸い棒状でないと転がしにくいし生地を伸ばしにくいのがわかります。麺棒は固い材質を好み、値段が高いものはかなり高くなります。私が使っているのはホームセンターで売っている丸棒です。10年使っていますが、さすがに節目が飛び出してきました。節のあるところは固く、そこだけが削られずに浮き上がり、手で触ると凸凹を感じます。そうなれば交換するしかないと感じます。やすりでこするということも考えられますが、今度は丸棒の直径が減ってきますよね(笑)。高価なものは高価なりに使いやすいのかもわかりません。

 

麺棒は何のために使うのか

麺棒は何のために使うのかと思うと、生地を伸ばすことが一つだと思います。もう一つは生地の表面を綺麗にすることです。麺棒は伸ばしことだけを考えれば、麺棒の表面が凸凹であっても使えます。でも、それだけではないのです。生地の表面を考えると麺棒の凸凹は気になります。私にとって麺棒の大事な仕事は生地の表面をなめらかにすることを重点においています。

 

のし台と生地に合った麺棒を選ぶ

これは当然ですが、のし台より長い麺棒を使って生地を伸ばすということは理にかなっていないでしょう。また生地が少ないのに太い麺棒だと巻きにくいと思います。麺棒はのし台と生地の量に応じた長さと太さが必要です。ホームセンターで売っている丸棒は直径3cmぐらいで長さが90cmぐらいだと思います。これなら、ある程度の生地の量にも伸ばせると感じます。私は不自由しません。使っているのし台は120cmです。

 

麺棒には手入れを

麺棒には手入れが大切です。といっても大ごとなものではありません。ただ油をつけるということでしょう。麺棒の手における馴染み、生地への当たり具合を考えて手入れをしています。10年手入れをしたものとしないものとでは、全く変わってきます。

右は手入れをしていない麺棒で節が出て凸凹です。右は油をつけて手入れをした麺棒です。色も艶が出ています。

油といっても私はたいそうな油を使用していません。本来、よく使われるのは胡桃油です。なかなかスーパーでは手に入らないので、私はえごま油を使用しています。