美味しいうどんについて

美味しいうどんの素顔

うどんには薬味、醤油、汁などで食べますが、これから述べる美味しいうどんとは麺そのもので考えたいと思います。美味しいうどんって人によって好みもあるだろうし、これが美味しいうどんだと断定は私にはできませんが、私の考える美味しいうどんを述べてみたいと思います。

 

茹でたてのうどんと茹で置きのうどん

うどんは茹でたてと茹で置きのうどんがあればどちらを食べるかとすれば、大半の人は茹でたてのうどんというのではないでしょうか。かけうどんの場合だと温かい汁によって、さほど感じませんが、冷たい醤油うどんだと、断然ゆでたてのほうが美味しいと思います。最近はうどんは茹でたてという言葉が浸透してきたので多くの人がそう思います。これは当たっているのではないでしょうか。うどんは茹でた後劣化が進みます。茹でたてが旨い、しかし、茹で時間は待たなければ食べられないのです。うまくいけば茹でたてに当たることもありますが(笑)・・・。

時間を置くと、しっかりとしていたうどんがノリ状のような食感になり、柔らかくなって美味しく感じません。茹でたてのうどんを水で〆て、すぐに食べると弾力性があり、つるつるのような感じがします。美味しいうどんは茹で置きより茹でたてのうどんが旨いと思います。

 

細いうどんと太いうどん

細いうどんはのど越しのいいうどんといえるかもわかりません。例えば、そうめん、冷や麦などを食べてみると感じると思います。太い麺はもちもち感を感じます。そうめんや冷や麦とは違い、あまり細いとうどんの味がないように思います。太いうどんは食べにくい、のど越しがよくないと感じます。まあ、私の独断で言っていますが・・・。うどんの味ってありませんか。冷や麦やそうめんとは違ううどんの味があるはずです。甘みを感じたり、わずかな小麦の香りを感じたりしませんか。美味しいうどんってうどんの味がすると思うのですが、どうでしょうか。答えをはぐらかすようですが、私は細いうどんであっても、太いうどんであっても、うどんの味がするのが美味しいうどんだと感じるのです。

 

甘いうどんが美味しいのか

甘いうどんとは・・・。小麦粉って胚乳の中心部は甘いようです。そんなに甘くはありませんが甘みを感じる小麦粉です。なんとなく甘みを感じるうどんを食べると、どうもおいしくありません。これは私だけの感覚かもわかりませんが、お菓子用の灰分の低い小麦粉で作ったことがありますが、ほんの少し甘いと感じたとき私には抵抗がありました。これをいっぱいは食べられないなと(笑)・・。やはり、うどんって微妙に味を感じるのがいいかも・・・。うどんは甘い味だけではないような気がします。

 

機械打ちのうどんと手打ちうどん

香川で足踏みは衛生上どうなのかという問題で機械が導入されたり、繁盛店では機械で数をこなさなければ回せないとか、いろいろな事情があると思います。昔から考えれば道具使用はあっても機械の使用はありませんでした。今や時代はロボット化されようとし、場面に合った言葉までも言える人工頭脳を持ったものがあるという時代です。

私は機械でうどんを打ったことがないので、単なる知識でしかありませんが、機械打ちは見事に一本一本同じうどんが作られます。そこまで手打ちではできません。微妙に幅が異なります。うどん作りの工程でも機械打ちと手打ちと同じような動作で作られるようになり、綺麗な美味しいうどんが出来上がります。

手打ちうどんを打とうと思うと時間と力が必要です。そして、それぞれの作る人の技が含まれ伝統による築かれたものがあります。手打ちうどん作りには人それぞれの技がみえます。それは道具を使用する手や体を備えているということかもしれません。手指の親指と人差し指の動議使用の指、体重移動する斜めの姿勢、足を浮かせて足の指で立ち体の調節や移動の素早さに反応します。目で見て体を動かし、リズムをとってしなやかに動かす人の技は様になっているのです。

美味しいうどんとは、機械打ちのうどんか、手打ちうどんかという問題もはぐらかすようですが、どちらも美味しいと思います。私は機械打ちに負けない美味しいうどんを作ろうとしています。機械打ちも、きっと、美味しいうどんを作ろうと日々考えられているのではないでしょうか。

 

自分と他者の味覚

カレーライスを食べるとき、辛いカレーが好きな人や甘いカレーが好きな人がいるように、人それぞれ味覚は違います。例えば、美味しいうどんのランキングは人が決めます。作り手の自分は美味しいうどんを作っているはずなのにべべちゃんとはどういうことなのか(笑)。

美味しいうどんとは、こういうものだというのを人から意見を聞いて、美味しさを追求しようとする自分があります。考えてひらめくこともありますが、作って試すのが一番確実な方法でしょう。毎日が美味しいうどんを作ろうとすれば、毎日作って考えている自分があるということなのだと思います。

落とし穴として、経験を積み重ねて美味しくなるというのは、当てはまらないこともあります。丁寧にすればするほどいいかというと時間が長くなれば生地に変化が見られ乾燥するかもしれません。綿棒の使い方が上手になればなるほど美味しいうどんができるとも限りません。伸ばす時間が早くなり、きれいに仕上がってものど越しに影響したりします。上手い人は麺棒に生地を巻き付けて伸ばします。最初の人は巻き付けるのが下手で巻かずに伸ばそうとします。さて、どちらのうどんが美味しいかということです。自分自身は仕上がりも時間も早くきれいにできたと思っても食べてみないとわかりません。また、前のうどんと比べないとわからないものです。

他者はあれこれといいます(笑)。このごろはネット社会で口コミが多く、まあ、それによって店の名前も広がるのですが・・・。太いうどんが旨いとか、いや細いうどんがううとか、のど越しがとか、固くておいしくないとか、いろんな意見がネット上で飛び交っています。以前は、口コミを見て返事を書いていたことがありましたが、そこから発展せず、それまでです。コミュニケーションとは名ばかりです。逆に、店側が口コミをみとるとか思われると嫌なので、もう返事は記していません。お客様は神様であり、他者が店の味を決めてくれればいいと考えが変わりました。あまり、人の意見を聞きすぎると方向が分からなくなることもあります。自分は自分と思うことしかありません。参考にしても自分が決めるというスタンスは変えません。

店における美味しいうどんとは、実に難しい。私が美味しいと思ううどんはわかるので、それに近づけるだけです。多くの人がうどんを食されて、美味しいと感じるうどんを提供することがうれしいことであり、明日も作ろうと意欲も出ます。他者に食していただいてうれしさがわかるものです。

投稿者: hanasato

高島市在住。2008年から「うどんの花里」を開業しました。