うどん打ちの数値化あるいは融合感

うどんを打つ時に数値化

うどんは小麦粉と塩水でできています。さて、うどんを打つ場合に量が頭に浮かびます。例えば100gの小麦粉で打とうと思うと、塩と水の割合はどれくらい、塩水はどれくらいとイメージします。春夏秋冬、1年間打っていると夏は塩を多く、冬は少なくとかわかってきます。毎日打っていると、昨日はこれぐらいだったから今日はこれぐらいとイメージできます。もちろん、それが正しいとは限りませんが、ある程度の数値化がなされます。一般には小麦粉に対して塩水は50%と言われますが、これはあくまで平均値であり、だいたいの値です。ただ数値化は頼りになり、そこからイメージもわきます。数値化をすることは大事だと思います。

しかし、数値化が出来ないときが大半です。数値化していても、それは過去のことであり、今、目の前にしているものは、温度、湿度、小麦粉などの違いがあります。小麦粉も一袋ずつ異なるかもわかりません。小麦粉の新しい、古い、取れたところも違うかもわかりません。また、自分自身も疲れているときや眠たいときなどで変化します。手が温いときや冷たいときもあります。

これから考えるのは数値化できない状態をどうとらえるのかということです。私は数値化に頼るだけでなく、融合感だと思っています。

 

融合感と間隔感について

私たちの周りには数値化できないものが多くあります。野球で言えば、ピッチャーの玉が150キロなら、そのスピードが数字として出ます。しかし、バッターからすれば数字以上のスピードを感じたり、遅く感じたりします。バッターはヒットを打とうとするけれど空振りする場合、へだたりというか間隔を感じます。上手くミートすれば、その感覚を覚え融合を感じます。経験することで間隔感から融合感へと変化します。これを数値化しろと言われても難しいでしょう。

うどん打ちの水回しで約50%の塩水でしても、どうも柔らかく感じたり、固く感じたり、十分な加水ではないということもあります。なんか隔たりがあり間隔があるのです。

小麦粉を足すということはできないので塩水を、少し少なくして、徐々に融合するように考えます。このとき、気温、湿度などイメージし、小麦粉の色を見たり、手触りを感じて水回しをします。その時の場の環境、クーラーをつけた部屋か、湿度の多い部屋か、小麦粉に含まれる水分は約14%ぐらいとされていますがどうなのか、いろいろな場を考え自分と小麦粉と塩水と対話をします。塩水が少ない状態は間隔感があり、少しずつ塩水を加えて融合するように間隔感を研ぎ澄ますしかありません。

 

融合感を感じるということ

例えば生地を足で踏んで鍛える場合、何回踏めばいいかという質問は難しく答えにくいものです。体重も違いがあるし、また、いつも足踏みを数えてしていることはありません。言葉で表現するには難しく、足の裏で感じるものがあるので、それが融合感としての答えです。1回目は粒状から面として、一つに生地にしていくことと、2回目からは生地からの反発力を感じるしかありません。何回かしているうちに、なかなか伸びなくなり、踵を使って踏んでも伸びにくくなった時が融合感だと思っています。これは個々人違う感覚であって、こうでないとダメだということは言えません。うどんを作って食べてみてわかることだと思います。そして、次はどのようにすれば美味しいうどんを作れるかを考えるきっかけになるものです。数値では表せない融合感を感じることです。

 

経験の大切さ

うどん打ちを何回も経験することで、自分が作るうどん打ちの融合感を感じれます。何回も積み重ねることで体が覚えるものだということかもわかりません。春夏秋冬と一年通して感じることがあり、一日や二日でわかるものではありません。

 

体とモノの融合感

麺棒で生地を伸ばす場合や包丁で生地を切る場合は体がどうあるべきかという融合感を考えます。必ず体重移動を知ることです。これは自然知です。自然な動きを知ることでしなやかな動きになります。人間は乳児の場合、4ヶ月ごろに手を伸ばし吊っているおもちゃに触ろうとします。5,6ヶ月に寝返り、そしてハイハイへと移行します。立って歩くのは1歳過ぎてからになります。そして、跳ぼうとする場合、体を斜めに傾けて跳ぶのが2歳過ぎで、4,5歳ごろから左手と右手が分化して右手に包丁を持ち、左手を生地に添えて切るという動作が確立します。このときから労働としての芽生えが大きくなり、身体全体と指先にまで神経をとがらせて、しなやかな動きになります。

しかし、これが労働としての芽生えであり、より人間らしい動きで労働に磨きがかかります。・・・と私は思っています。麺棒で生地を伸ばす場合、体を、どのように体重移動すればいいのか経験でわかってきます。これが自然を知るということだと考えています。体の動きと生地との間隔感から融合感へと移行していきます。

 

まとめに

数値化できる場合はいいのですが、なかなか数値化できないのが大半です。私たちは自然を知り、体と環境との隔たりを感じ、間隔感から融合感へと移行しようとします。多くのことを経験しながら知っていくことしかありません。人間は労働を生みだし、労働することによって、より人間らしくなるものだと思います。