メタセコイヤ並木 滋賀県高島市

メタセコイヤ

杉、ヒノキのような針葉樹なのに葉が枯れて落ちる落葉樹とは、これ如何に。このメタセコイヤは、元大阪市立大学教授の三木茂博士が昭和16年に岐阜県土岐市の粘土層で発見されました。欧米の研究者がセコイアやヌマスギとしていた植物の化石を見つけたのとは違うと、未知のものであるとして後のという意味でメタを付け「メタセコイア」と名付けられました。

絶滅じゃなかったメタセコイヤ

約100万年前に絶滅したと考えられていましたが、三木茂博士の発表後の昭和20年、その植物が中国・四川省で実際に生きているのが見つかりました。化石だと思っていたのが生きていたのだからびっくりこん(笑)。

四川省を調査していた米国の古生物学者が種子を採集して「生きた化石」を保存するため、中国と気候が似ている日本で、三木博士が大阪市立大に設置した保存会に苗木100本が贈られました。日本各地の大学とかに植えられ全国に広まっていきました。「あけぼのすぎ」と名付けられ、戦後復興を願ったような木です。成長の早い木のようですね。

メタセコイヤ

大阪に導入木が

交野市の大阪市立大学理学部付属植物園に、100本のうちの1本「導入木」があり、大阪市立長居植物園や万博記念公園などでも見られるそうです。

戦後高度成長期を願ったあけぼのすぎ

三木茂博士が化石として発見し、それが生きていたというメタセコイヤ。そのメタセコイヤを育成しようと大阪で育て、全国各地に広がり、その間、新幹線、高速道路と交通網が発達し、ビルが建ちならび日本も発展してきました。和名であるあけぼのすぎとは、よく言ったものですね。

メタセコイア並木 12月

メタセコイヤが人を集める

メタセコイア並木

滋賀県のマキノピックランド付近の道には、延長2.4kmにわたってメタセコイアが約500本植えられ、立ち並ぶまっすぐな、大きな木が魅了します。昭和56年に学童農園「マキノ土に学ぶ里」整備事業の一環としてマキノ町果樹生産組合が植えたのが始まりだそうです。メタセコイアは、最大樹高が115mにもなるらしいです。平成6年、読売新聞社の「新・日本の街路樹百景」に選定され、メタセコイヤ並木を見たいという観光客が訪れるようになりました。

メタセコイア並木 落葉

と同時に、セコイヤチョコレートが高島限定のパッケージ、メタセコイヤチョコレート。

セコイヤチョコレート

これからのメタセコイヤ

化石と言われたメタセコイヤが現存し、中国から気候が似ている日本で育てようと植えられました。伸び方も早く、かなり成長し大きくなります。公園や大学などで見かけますが落葉するので、住宅地や市街地などでは大変だと思います。最大樹高115m?なんと恐ろしか木じゃ(笑)。なるべく伐採などしないように心がけてほしいものです。メタセコイヤに罪はなく、私たちに命や自然を楽しませてくれています。

メタセコイア並木 滋賀

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です