幼児発達

子育て 幼児期の発達を考える

「サルからヒトへの移行期1」までが乳児期と私は言っています。産まれて二足歩行獲得期までの時期を乳児期とし、二足歩行が確立すると幼児期としています。人間は歩き出すことによって手が自由になり、道具を使い、より人間らしくなってきました。目線が高くなり、広い範囲が見られます。また移動距離も広範囲になります。手が自由になることで、道具を使い出し「サルからヒトへの移行期2」(二足歩行・言語期)に入ります。乳児期から幼児期への転換は二足歩行が決定的な質的転換だと思います。歩くためには背骨がしっかりしていなければなりません。地球に働く重力に対して体を支えていかなければなりません。この力を抗重力筋といいます。

乳児期において自分から目で見る、また4ヶ月頃の手でモノをつかみに行くというリーチングのような「自らが発現する力」が大切であり、歩くということにおいても「自らが歩く」のが大事だと考えます。

人は勝手に歩くことを獲得したのではないと思っています。木の上から地上に降りた人間は歩くことを獲得してきました。歩きたかったから歩いたのではありません。今まで人間が培ってきた歴史の過程から歩くという力を自らのものにしてきたのです。チンパンジーやゴリラと人間とは足の形が違っています。人間は歴史的に、また社会的に、人間として時間をかけて変化させてきたのです。狩猟時代は獲物を追って狩りをしてきました。長い距離を歩いても疲れないように、また荷物を持って移動することも必要になり、人間は移動しやすいように足型をつくりかえてきました。もう、人間はチンパンジーやゴリラには戻れません。人間は、より人間らしくなってしまったからです。直立二足歩行を確立し、道具を使う人間になりました。

サルからヒトへの移行期2(二足歩行・言語期)

1歳を過ぎると歩き出します。自らの力で歩き、こけては立ち上がります。目線は高くなり、広い範囲が見れるようになります。歩くことによって手が自由になり、道具を使う手になりました。うどんづくりでいえば、麺棒、包丁が使える手になりました。手を使うことによって脳も活性化して、より使いやすい道具を考えだします。

歩くことによって人間は手が自由になりました。もうひとつ大切なのは喉の変化です。立つことによって喉の構造が変化して声が出しやすくなりました。もちろん、喉の構造の変化は1日、2日ではできません。量的に繰り返しながら人間特有の喉の構造になりました。

言語と歩行は人間特有のものといえます。樹上から地上に降りた人間は直立二足歩行を獲得し、のどの構造も変わり声が出しやすくなり、言葉も獲得しました。人間は足の指先で地面を蹴っ親指の位置が他の指と並びました。

現代は車社会、すぐにでも車で用を足します。幼児は抱っこや乳母車に乗り、歩けるのに運んでもらうという状況にあります。幼児も歩きたいはずです。

幼児は関心のある所へ自ら向かおうとします。水のある所へバシャバシャとさわり、土に水をかけてどろんこにします。土と水で楽しめるのです。幼児が興味・関心を持つことこそ、自らが歩こうとする力の獲得に大切ではないでしょうか。

サルからヒトへの移行期3(道具使用期)

「サルからヒトへの移行期3」道具使用期としています。人間は歩けるようになって、手が自由になり、手で道具を使用するようになりました。木や石を使って釣り針やナイフを用具として使いだしました。

私たちの手はチンパンジーと異なり、道具使用の手として親指と人差し指を使いだし、手の形が変化してきました。樹上で生活してきたときの手の形と違ってきたかもわかりません。チンパンジーも簡単な道具を使いますが、人間は道具を作り、道具を使い、人間ならではの手になってきました。

道具獲得期からうどんづくりを考える

道具は砂遊びのスコップと食事の時のスプーンの用途が違います。道具には使い道があります。そんなことが、少しずつ、わかりだしてきます。うどんづくりで言えば麺棒です。麺棒で生地をのばそうとします。まだまだ、遊びですが大人や、お兄さんの真似をしながら獲得していきます

「サルからヒトへの準備期5」自己像獲得期

自己像を意識しているかの問いかけですが、g・gギャラップ氏がマークテスト法を考案されました。寝ているときなど子どもに気づかれないように顔に印をつけて、鏡などを見て、その印をとるかどうかで判断されました。印に気づき、その印をとれば自己像がわかっているということです。このことはチンパンジーもするらしいです。人間特有なものではないようです。(子どもの持つ力を信じて p151~152)この気づきは、複数の人間がいて成立するのでしょう。他者の存在を感じて知り、意識している自分も存在しているように思うのではと思い、乳幼児期においても周りの人たちの関係が大切だと考えます。

サルからヒトへの移行期4(親指と人差し指でつまむ時期)

人間は衣服を着て、食事をしながら生活をしてきました。衣服ではパジャマのボタンをはめようと頑張る幼児、食事では箸を使って食べようとします。道具を使う手指に拍車をかけます。手の親指と人差し指が対向することで道具を扱いやすくなります。
歴史的ー社会的なところのものから、より人間として発達してきました。「サルからヒトへの移行期4」は人間として大切なものだと思います。

サルからヒトへの移行期5(私と言い始める時期)

自分のことを「○○ちゃんなぁ」と言っていたのが私と言い始める時期があります。自己像の獲得はチンパンジーもしますが言葉で私と言って自分のことをいいます。この時期が三歳ごろで立場によって交換できる人称代名詞を使用します。

サルからヒトへの移行期6(ジャンケン期)

ジャンケンを三歳後半ごろから見よう見まねで覚えるのでしょうか。グー、チョキ、パーの関連に興味を持って自分のものにしょうとする力が出てきます。

覚えたての時期はパーかグーを出すことが多いようです(笑)。チョキは難しいからかな・・。まだまだ難しいですがジャンケンで順番を決めたり、少しずつ決まりに従おうとします。

サルからヒトへの移行期7(イメージ先行期)

マルクスは蜜蜂の巣を例にして、蜜蜂は上手に巣を作るが、人間はイメージを描きながらモノを作っていくことができます。人間はイメージを先行させてモノを築いていくことができます。

うどんを作ろうとすればうどんの形をイメージしながら麺棒、包丁を使って細く切っていきます。旅行をするために計画を立てて実行に移します。カメラで写真を撮るとき、縦にしようか横にしようか迷ったり、イメージを先行させながらアングルを決めていこうとします。

描画を描いた幼児に何を描いたのと聞けば後からパパ、ママと言ってくれます。三歳ごろから先に描きたいものを言ってから描こうとします。

サルからヒトへの移行期8(他者理解)

テレビを見ていて、野球でテレビカメラのほうにボールが飛んでくると身を避けることがありませんか。また、おばあちゃんがこけたら、自分はこけていないのに「あっ痛い」と言ってしまいます。まるで自分が経験しているような・・。なんとなく私はこのことが大事かなと思っています。

「心の理論」は1983年にウィンマーとパーナーによって導入されました。「子どもの持つ力を信じて」p154に記しましたが、帽子を最初に置いたところから 本人が知らない間に別のところに置き換え 一部始終を見ていた人がその本人はどこを探すかを言い当てるものをやってみましたそしたら、4歳児クラスの後半で二人の子が言い当てたにすぎません。なかなか難しいものです。

ピアジェの三つの山は自分から見える山が相手から見たら、どう見えるかというものです。ただ、この三つの山は動かないのですが、心の理論は動いている人間の行動を相手の立場に立って言い当てるものだと思います。人と人のかかわりから相手の心の読み取りをすると言うのは難しいことだと思います。人間は、その相手の気持ちを読み取ろうとします</span>。

サルからヒトへの移行期9(またしても労働)

サルから人間へ、それは二足歩行の獲得からとも言えるでしょう。エンゲルスはそこに注目しています。歩くことによって手が自由になると手でモノを操作するようになります。木の棒で高いモノを落としたり 火を使ったり、獲物を獲得し、また稲も作ったりしました。

そんな道具を使うことによって脳が大きくなり、喉も変化して喋れるようになってきます。それら労働が、より人間にしてきました。「またしても労働が人間にした」とも言えるのです。エンゲルスは、明確にサルからヒトへの移行を労働によってなされたと記しています。そして、より人間らしく人間は自分自身を変革していきます。またしても労働がなせる業なのでしょう。

保育士から讃岐うどん屋へ
子どもの持つ力を信じて 清風堂書店発行 著岡崎英治
子どもの持つ力を信じて
2001年香川県で全国男性保育者研究・交流集会が開催され、実技の「うどん作り」に参加。香川県の「久保」といううどん屋の関連で男性保育士久保さんから学んだのが始まり。25年間の保育園勤務から2008年うどんの花里を開業。
「子どもの持つ力を信じて」の書物に保育園でのうどんづり、どろだんごづくりや火起こしの実践も記載しています。乳幼児の発達についても25年間の経験を基に記させていただきました。